日本には、古くから故人の魂が安らかに次の世界へ旅立てるよう、さまざまな「旅支度」の風習が受け継がれています。
この旅支度には、故人を生前の姿に近づけ、家族が心を込めて送り出す意味が込められています。

清らかな姿で最後の道を進めるよう、故人の体を清め、白装束や経帷子(きょうかたびら)といった衣装で整えられます。
また、仏教や神道などの信仰や、地域に根差した風習もこの旅支度に色濃く反映され、現代でもその習わしが多くの場所で行われています。

現代では、こうした準備を葬儀社が担当することが多くなり、清拭用の清浄綿や代替貨幣の六文銭が一般的に用いられるようになりました。
しかし、細やかな手順や身支度には今なお深い意味が込められており、故人と家族が心で繋がる大切な儀式です。

以下では、具体的な手順と、その背後にある文化や宗教的背景を詳しく見ていきます。

故人の旅立ちの準備

故人の旅立ちに際して、まず行うのが「逆さ水(逆さ湯)」を用いた清拭(せいしき)です。逆さ水とは、普段とは逆に湯呑みを左手で持って注ぐぬるま湯で、古くから体を清めるために使われてきました。

故人の顔や手、足を丁寧に拭き清め、穏やかな表情での旅立ちを整えるためです。近年では清拭用の清浄綿も市販されており、家庭での準備が難しい場合には葬儀社が用意することも増えています。

故人の旅装:
白装束と経帷子の役割

旅立ちの準備が整うと、次は故人に白装束を着せます。具体的には、手甲(てっこう)、脚絆(きゃはん)、足袋(たび)などを身につけ、「経帷子(きょうかたびら)」と呼ばれる白い死装束を纏わせるのです。
経帷子は、本来は家族や地域の女性たちが急ぎ手縫いで用意したもので、最後の旅路を送り出す象徴的な衣装です。

しかし、現代では葬儀社が用意するのが一般的となり、核家族化や地域の絆の希薄化に伴い、この習慣も徐々に失われつつあります。

現代の課題:
故人の衣装と着替えの困難さ

故人の体は時間と共に硬直が始まります。また、冷却のためのドライアイスの影響で、着替えさせるのが難しい場合も少なくありません。
こうした状況では、病院で事前に衣服を着替えさせておくか、納棺後に経帷子をお体にかける形で旅装を整える場合もあります。

個々の事情に合わせ、柔軟に対応しつつも、心を込めて最後の装いを整えることが大切です。

三途の川の渡し賃:
六文銭の準備と代替品

日本の伝統的な葬儀では、故人が三途の川を渡るための渡し賃として「六文銭」を持たせます。
しかし、現在では古銭の入手が困難なため、穴あき硬貨や印刷された寛永通宝を代用することが多いのが現状です。

仏教の宗派によってはこうした旅支度を必要としない場合もあり、特に浄土真宗では、故人の魂が浄土に直接迎えられると考えられているため、旅支度は行わず、そのまま送り出します。

神葬祭におけるお舟入の儀

日本では仏教式の葬儀が主流ですが、神道に基づく葬儀も存在します。

神葬祭では納棺を「お舟入の儀」と呼び、神職と同様の「白丁(はくちょう)」と呼ばれる白い衣装を故人に着せます。
お舟入の儀には、故人が神々と共に船に乗って旅立つという意味が込められており、魂が神と一体となることを表します。

地域や家族の信仰によって異なる儀式の形が見られるのも、日本の葬儀文化の奥深さといえます。

地域ごとの旅立ちの風習

日本各地には独自の葬儀の風習が根付いており、納棺前に一升の酒で体を清める地域もあります。
「一升」と「一生」の語呂合わせから、一生を清める意味が込められているとされます。

近年では飲酒運転の影響もあり、酒を口に含ませる程度で済ます場合も多いです。
また、一丁の豆腐をそのまま食べる風習もありますが、「一丁」と「一生」の語呂合わせや、豆腐の白さが潔白を象徴するとされています。

通夜の後、家族や親しい人たちが一晩かけて酒を飲み交わし、故人を偲ぶことも多く、地域の絆が深く息づく瞬間です。